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Freud quotidien

フロイトおよび精神分析をめぐるエッセー、スローリーディング、書評、試訳などなど

フロイトとエピジェネティクス?

 

 たとえば、『夢解釈』につぎのように読める。

 

 夢見ること、それは全体としてみれば、夢見る人の早期の諸事情への一片の退行である。つまり夢は、夢見る人の幼年期の再生であり、幼年期に支配的であった諸欲動の蠢きや、当時手に入れることのできた表現方法の再生ではなかろうか。この個人の幼年期の背後にまで進めば、系統発生的な幼年期、つまり人類の発展が垣間みられる。一人一人の個人は、実際には人類の発展の、偶然の生命環境に影響された縮小的な反復である。われわれは、夢の中には『一片の蒼古的人間性がはたらき続けており、そこには人はもはや直接に到達することはできない』というF・ニーチェの言葉がいかに的を得ているかを感じとることができる。そしてわれわれは、夢の分析によって人間の太古的遺産を識るに至り、人間における心的に生得的なものを認識することができるであろうと期待するようになる。夢と神経症とは、われわれがこれまで推測し得たよりもさらに多くのものを、心的な古代から引き継いでいるようであり、それゆえ精神分析は、人間性の始源のもっとも古くもっとも暗い段階を再構成しようと努める諸学問のうちにあって、高い位を要求してよいと思われる。

 

 獲得形質の遺伝および系統発生についての仮説は、フロイト理論のアキレス腱とみなされてきた。フロイトは一生涯この仮説にこだわりつづけた。ちなみに上の引用は1919年の追記部分であるが、これはフロイトの多数の著作や書簡を通じて見つかる数ある類似の主張のうちのひとつを抜き出したものにすぎない。この信念は年を追うごとにつよくなっていったようだ。このような「ラマルク的」仮説がフロイトの生前において生物学的にはとうに否定された説であったことはいうまでもない。ギムナジウム時代からダーウィンに熱中していたフロイトが、もちろんそのことを知らないはずもない。しかし、そのことはフロイトの信念を揺るがしはしない。最晩年のフロイトはつぎのように宣言する。

 

 われわれは長いあいだ、先祖によって体験された事柄に関する記憶痕跡の遺伝という事態は、直接的な伝達や実例による教育の影響がなくても、疑問の予知なく起こっているかのように見なしてきたと告白しなければならない。[……]確かに、われわれの意見は、後天的に獲得された性質の子孫への遺伝に関して何事をも知ろうとしない生物学の現在の見解によって、通用しにくくなっている。しかし、それにもかかわらず、生物学の発展は後天的に獲得されたものの遺伝という要因を無視しては起こりえないという見解を、われわれは、控え目に考えても認めざるをえない。(『モーセ一神教』)

 

 「神なきユダヤ人」フロイトが科学に寄せるラディカルなまでの信はよく知られるところだ。『ある幻想の未来』末尾の有名な一節でフロイトははっきりこう述べている。

 

 われわれの科学は幻想などではない。これに反し、科学が与えることができないものを何かほかのものが与えてくれるのではないかと信ずるようなことがあれば、それこそは幻想というべきであろう。(『ある幻想の未来』)

 

 しかし、フロイトは科学万能主義者ではまったくなかった。科学が「最高の法廷」(『ある幻想の未来』)であると主張する一方で、フロイトは科学の「若さ」をもつねづね自覚していた。科学は永久に発展途上であり、したがってそれゆえに永久に改善可能である。それゆえ、科学が発展したあかつきには、現在の時点で証明されていないことも真理とみなされることがあり得る。たとえば、テレパシーといった現象についてのフロイトのいっけん非合理主義的ともおもえる態度もこうした信条に基づいていた。

 

 それゆえ、フロイトが“非科学的”な仮説にこだわったことをもって、フロイトのこの仮説を癌のように見做す態度は正しくないだろう。逆に、フロイトが「非科学」な仮説になぜこれほどにこだわったのか、その理由はどこにあるのか、を探究すべきなのではないか。この仮説をフロイト理論の本質にとって些事であると片付けることが果たしてできるのであろうか? この仮説を除去したところにフロイト理論が、あるいはいやしくも精神分析そのものが成立すると考えることがはたして可能なのであろうか?

 

 

フロイトの引用にあたっては、『フロイト全集』(岩波書店)、『フロイト著作集』(人文書院)、『モーセ一神教』(ちくま学芸文庫)の訳をお借りした。