「幻想」としてのトランプ現象
e.c.f. 発行のウェッブ・ジャーナル Lacan quotidien 626号(2月20付)によれば、トランプ現象とはアメリカの「症状」ではなく「幻想」なのであるらしい。
ホルヘ・アレマンによると、トランプは一見すると資本主義の「ネオリベラル的危機」の症状のようにみえるが、じつはそうではない。
症状とは知における穴であり、解読すべきひとつの真理を象形文字のように含む。トランプはそのかぎりではない。
幻想は症状とはちがって個人横断的であり、いかなる破綻も、いかなる真理もふくまない。それはむしろ享楽の一様態の固着であって、アメリカのさまざまな社会的・政治的停滞はそこに収斂する。
問題は資本主義の危機でも、ネオリベラリズムの危機でも、グローバリゼーションの危機でもない。いまや決定的になろうとしているのは民主主義と資本主義の両立不可能性である。
幻想の定義は両立不可能な命題を両立させることである。トランプという「幻想」は民主主義と資本主義を両立させることにやくだっているというわけだ。
トランプのマチスモは「すべてではない」という女性の論理への憎悪のあらわれであり、その実態は完膚なき脱男性化であるという……。なるほど。